厭世日記

不思議だったあの、精神科閉鎖病棟についてなんちゃって

ヤマウチのおばちゃん

ヤマウチのおばちゃんという人がいる。

朝はホールで何かを宣言し続ける変わった人だが、とてもいい人だ。患者も皆おばちゃんが好きだった。

よく院内のコンビニでペットボトルをたくさん買ってくる。ペンギンのようにヒョコヒョコ歩く姿がとてもかわいらしい。ネックレスをしている。右手と左手にそれぞれ、アメリカ時間と日本時間の表示された腕時計をしていた。昔は旦那さんと一緒にアメリカに行ったといつも愛しそうな顔をして話してくれる。

おばちゃんはたまに私の机にやってきては、亡くなった旦那さんの思い出話をしてくれた。二つ前の旦那との家族は離散した事、その後亡くなった旦那さんに出会い世界が変わった事。彼はいつも紳士で、頭が良く、器用な人だった。いきなりアメリカに行くぞなんて言って実際に仕事を始めたり、休みの日にはお手製のネックレスやキーホルダーを作ってくれたと言っていた。そのキーホルダーも、実際に見せてくれた。イルカの形をしている。

その旦那さんが亡くなって、私はここに入ったと少し寂しそうな顔で言う。
そうすると必ず私は、「みんなおばちゃんの事が大好きだよ。元気だしてね。」と応えていた。
おばちゃんは、そう?と言って照れた顔をするけれど私は本当にその顔をかわいいと思う。

私はヤマウチのおばちゃんの事が大好きだ。
自殺未遂で閉鎖病棟に入った私に、いつもいつも「あんたはまだ若い。いくらでもやり直しができる。」と言ってくれる。「かわいいんだからすぐ次ができる。でも、必ず、穏やかな人にしなさい。一緒にいて落ち着ける人と一緒になりなさい。」「あんたみたいな明るい子は人に好かれる。」たくさんのことを何度も教えてくれる。飽きずに、私の目を見てくれる。何度も何度も言い聞かせてくれるので、最初は嘘だろうなんて思ってヘラヘラしていた私もだんだんと、そうかもしれない、と思うようになった。

おばちゃんはよく歌を歌う。特に旦那さんと一緒に歌った曲が多いらしい。私にはわからない昭和の歌もたくさんあったが、きゃりーぱみゅぱみゅも歌うので面白い。おばちゃんはこういうところがまたかわいい。

「辛いことがあったらね、歌いなさい。」
よくおばちゃんが言う。言った後に必ず歌い出す。
体を揺らして両手で指揮をとって笑顔で歌い出す。

隣の机にいる人も、また歌ってるね、と言って笑っている。すごいね、おばちゃんのこと皆大好きなんだね。

私も大好きだな。